「回遊型と残留型」
イワナやサクラマスなどのサケ科魚類には、海へ下って大きくなる「回遊型」と、生まれた川で生涯を終える「残留型」の2つの生活史があります。サケのなかまでは、川から海へ降りることから「降海型」ともいわれます。ウナギ科魚類には、川に遡上する「回遊型」と、川に遡上せずに海や河口にとどまる「残留型」がいます。このように回遊する個体と回遊しない個体が一つの集団に混在する現象をpartial migration(部分回遊)といいます。
サケ科魚類の場合、成長期に海へ回遊すれば、餌が多く空間も広いので、大きく成長できますが、危険も多く死亡リスクが高くなります。すなわち、回遊はハイリスク・ハイリターン、残留はローリスク・ローリターンの生活史です。
イワナの場合は2歳の春以降、サクラマスの場合は1歳の春以降に、スモルト(銀毛※)という変態をして、海に下るものが現れます。単に銀色の個体がスモルトではなく、生理的に海水適応した個体がスモルトで、背びれや尾ひれの端が黒ずむ(つま黒)という外見的特徴をもっています。
「残留型」を選ぶか、それとも「回遊型」を選ぶかは、卵・稚魚期の生育環境に影響を受けます。初期の成長が良いと残留型になりますが、生育条件が悪いときにも残留型になります。ただし、滝の上流域や分布南限域に生息するイワナやサクラマス(ヤマメ)の残留型は、遺伝的にスモルト化しないように適応しており、これらの集団は「陸封型(りくふうがた)(=下流側に滝や湖などの障壁がある場合)」または「河川型(かせんがた)(=下流側に物理障壁は無いが回遊しない場合)」ともいわれます。
回遊型の出現頻度は緯度的なクラインがあり、サケ科魚類では低緯度になるほど回遊型は出現しにくくなります。回遊型が恒常的に遡上する川の南限は、サクラマスでは島根県高津川、アメマスでは新潟県佐渡島外海府の川になります。ただし、江戸時代には九州にもサクラマスが遡上していたという記録が残るほか、近年でもアメマスが東京湾や富山湾で混獲された記録があります。逆に、ウナギ科魚類では、高緯度になるほど海や河口にとどまる残留型が出現しやすくなると考えられています。
※銀毛と銀化:ギンケの「ケ」には「毛」または「化」が用いられています。生理学の研究では「化」、生態学の研究では「毛」が用いられることが多いようです。銀毛化と呼ばれる場合もあります。スモルトの過程(smoltification, smolting)のことを銀毛化または銀化といい、スモルトした個体のことを銀毛(smolt)といいます。