「ダムの影響」
生息場所の分断化は、生物多様性に深刻な影響をもたらすことから、保全生態学の重要な研究課題となってきました。とくにサケやウナギのような通し回遊魚は、ダムや堰(せき)という常習的な環境改変によって、生息地の分断化が生じやすい生物といえます。適切な魚道などがない場合は、魚はダムをこえて移動することができません。
サケ科魚類には、川で一生を過ごす残留型と、海へ回遊し大型化する回遊型の生活史二型がありますが(残留型と回遊型)、回遊型はダムの上流で繁殖できないため、種のレベルでは絶滅していなくても、回遊型となる個体は大きく減ってしまいます。また、ダム上流に隔離された小さな個体群は、個体群サイズの縮小や遺伝的多様性の低下によって、個体群の持続可能性が低下します。一方、在来種の勢力が弱まったダム上流域は、時として外来マスが増えることも少なくありません。
ウナギ科魚類では、稚魚の上流への遡上がダムに遮られたり、繁殖のために川を下って海へと向かう銀ウナギがダムの貯水システムや発電のタービンの影響によって死亡してしまうことが大きな問題になっています。ヨーロッパやオーストラリアなどでは、ダムを越えて川を遡上できるように「イール・ラダー(eel ladder)」という魚道が設置され、その効果が科学的に検証されつつあります。イギリスでは、「The Eels (England and Wales) Regulations 2009」という規則が導入され、貯水池や浄水場の取水口付近には「イール・スクリーン(eel screen)」というネットが設置されて、ウナギの侵入を防ぐなどの取り組みが行われています。
ダムは魚の移動を妨げるほか、上流から流れてくる土砂を捕捉するため、下流への礫(れき)の供給が減少します。さらに、ダム下流では流量が安定して攪乱(かくらん)が少なくなり、河道が固定化して樹林化(じゅりんか)が生じ、ひいてはサケの産卵に適した変化に富む流路や広い礫河原(れきがわら)が失われてしまいます。
参考文献 References
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