「異型と奇形」
分布南限域に生息する陸封型のイワナやヤマメは、集団の孤立化が進み、独自の形態をもつように進化した例があります。これらの多くは、適応的な変化というよりも、偶然によって生じた遺伝的な変異が集団中に広まったと考えられるもので、自然が偶然作り出した芸術作品ともいえます。
ナガレモンイワナ
パーマークがなく体側に虫喰模様があります。滋賀県の限られた水域以外ではほとんど出現しません。北海道奥尻島でも一時的にみられましたが、一過性のもので継続的な出現ではありませんでした
カメクライワナ
パーマークがなく背中に唐草模様がみられます。おもに山形県のカメクラ沢周辺で出現します。
里美イワナ
背中の虫食い様の模様が特徴的で、茨城県の里川周辺に生息しています。里見村(現常陸太田市)の天然記念物に指定されています。
無斑(むはん)タイプ
ヤマメやアマゴの無斑型はイワメとして知られ、大分県大野川のイワメは国の天然記念物に指定されています。北海道千走川にも無斑型のオショロコマが生息しています。国外ではカナダのオーロラトラウト(Salvelinus fontinalis timagamiensis)やモロッコのグリーントラウト(Salmo trutta viridis)などが無斑型として知られ、分布南限や高地といった隔離レベルの高い場所で出現しやすくなっています。
狆頭(ちんとう)イワナ
秋田県米代川の支流で出現しやすいことが知られています。ただし、上あごが無いタイプの異型は日本各地でまれに出現するほか、継代飼育による近親交配などの遺伝的劣化によって生じることがあります。
あごの奇形
まだらな色彩
アルビノではありませんが、体色が薄くまだら状の色素異常のタイプも複数のサケ科魚類やウナギ科魚類でまれに出現することが知られています。北海道知床半島のオショロコマでは、ある滝の上流域で出現しやすいことが知られています。
この他にも、様々な異型や奇形が知られています。巨大化した鱗をもつサケやサクラマス、腹びれが3つあるイワナ、北米では3つ眼のサケの報告もあります。こういった突然変異で生まれた異型や奇形が進化のきっかけになるのかもしれません。
参考文献 References
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