海へ行かなくなったベニザケ
Oncorhynchus nerka
- ベニザケの陸封型であるヒメマスが北海道の「阿寒湖」と「チミケップ湖」に自然分布したと一般にはいわれているが、チミケップ湖が自然分布であったかどうかは非常に疑わしい(その根拠は黒萩1987参照)。一方、幕末の探検家である松浦武四郎の“くすり日誌”によると、「阿寒湖」と「屈斜路湖」の2カ所にのみカハルチェプ(ヒメマス)が生息すると記されており、阿寒湖と屈斜路湖の2湖が北海道のヒメマス原産地(松浦1861)とすべきであろう。
- 現在は移殖放流によって北海道の支笏湖や洞爺湖、本州の十和田湖や中禅寺湖など日本各地の湖沼に生息地を広げている(国内移入種)。
- 産卵期に真っ赤になる降海型のベニザケと比べて、その陸封型のヒメマスの婚姻色はピンク色で赤味は薄い。これは、海の餌にはアスタキサンチンという赤い色素が多く含まれていることによる。しかし、同じ餌を与えた場合はヒメマスの方がベニザケよりも赤くなる(=アスタキサンチンを取り込む能力が高い)ことが知られており、ヒメマスはアスタキサンチンが少ない環境へ適応した結果と考えられる(反勾配変異countergradient variationの一例)。なお、この適応は先天的なもので、ベニザケの残留型やベニザケを淡水湖に移殖した場合には、オリーブグリーンのような赤みがかった緑となり、ヒメマスのようなピンク色にはならない。
- プランクトン食に適応しており、サケの仲間では鰓耙(餌を濾過する器官)が特に発達している。
- 成魚の体長は20~45 cm、年齢は3~5年魚、一回繁殖。産卵期は10~11月。別名として、チップ(北海道地方)。英名はコカニー(kokanee)。
- クニマスOncorhynchus kawamuraeは、秋田県の田沢湖だけに生息した固有種。田沢湖ではすでに絶滅したが、2010年に山梨県の西湖で移殖放流されていた個体の生き残りが再発見された。従来、クニマスはヒメマスの亜種Oncorhynchus nerka kawamuraeとされてきたが、再発見後に独立種とされた。なお、Black kokanee(黒ヒメマス)と呼ばれるクニマスと生態が似た個体群は北米でもその存在が知られているが、北米ではベニザケと同じ種のエコタイプとして扱われている。
参考文献 References
青柳 敏裕. 2017. サケ科魚類のプロファイル-15 クニマス. Salmon情報, 11: 36–39.
Craig, J. K. and C. J. Foote. 2001. Countergradient variation and secondary sexual color: phenotypic convergence promotes genetic divergence in carotenoid use between sympatric anadromous and nonanadromous morphs of sockeye salmon (Oncorhynchus nerka). Evolution, 55: 380–391.
黒萩 尚. 1987. ヒメマスの謎を探る チミケップ湖.Pp. 45–49. 日本の湖沼と渓谷1北海道I摩周・サロマ湖と日高の渓谷, ぎょうせい, 東京.
針生 勤. 2016. 釧路川水系における魚の種類とその利用.釧路国際ウェットランドセンター技術委員会調査研究報告書, 43–51.
Moreira, A. L. and E. B. Taylor. 2015. The origin and genetic divergence of “black” kokanee, a novel reproductive ecotype of Oncorhynchus nerka. Canadian Journal of Fisheries and Aquatic Sciences, 72: 1584–1595.
山本祥一郎. 2015. ヒメマス-複雑な移殖の歴史をもつ水産重要種.魚類学雑誌, 62: 195–198.