- 日本にはサクラマス、サツキマス、ビワマスの3亜種が生息し、それぞれ生活史多型(残留型と回遊型)がある。
- サクラマスOncorhynchus masou:残留型はヤマメ(山女魚)と呼ばれる。九州からカムチャツカ半島まで分布する。体側に朱点はないが、赤い帯状の模様がでることがある。別名として、ホンマス(本マス)、ママス、クチグロ(口黒)、イチャニマス、ヤマベ(北海道地方)、エノハ(九州地方)など。成魚の体長は残留型で10~30 cm(1~5年魚)、回遊型で30~70 cm(3年魚)。産卵期は8~11月。英名はmasu salmonまたはcherry salmon。かつてはサケ、カラフトマスについで3番目に漁獲量が多い種がサクラマスとして知られたが、近年はカラフトマスの減少とサクラマスの好調により、日本系サケ属魚類ではサケに次いで2番目に漁獲量が多い種となっている(令和3年及び令和4年)。
- サツキマスOncorhynchus masou ishikawae:残留型はアマゴと呼ばれ、体側の朱点が特徴的である。自然分布は西日本に限定され、もともとは伊豆半島より西側の太平洋側に流入する川に生息し、サツキマス(アマゴ)とサクラマス(ヤマメ)の分布は明確に分かれていた。しかし、現在は移殖放流により日本各地で混在分布する。別名としてアメノウオ。成魚の体長は残留型で10~30 cm(1~4年魚)、回遊型で25~50 cm(2年魚)。産卵期は10~11月。英名はAmago salmon, red-spotted masu salmon。
- ビワマスOncorhynchus sp.:琵琶湖に固有のビワマスは遺伝的にも生態的にも特異的であり、近年では独立種とされる。ビワマスは眼がやや大きく、暗い深場の回遊に適応していると考えられている。春に浮上したビワマスの稚魚は琵琶湖へ下り、2~5年で流入河川に遡上する。海の代わりに湖を回遊することを除けば、ビワマスの生活史はサクラマスやサツキマスより、サケに近い。成魚の体長は回遊型で30~60 cm(2~5年魚)。産卵期は10~12月、盛期は11月。英名はBiwa salmon。
- サクラマスは1歳(まれに2~3歳)の春にスモルト化して川から海へ下るのに対し、サツキマスは0歳(まれに1歳)の秋にスモルト化して海へ下る。また、サツキマスの海洋生活は冬季のみで、約半年と短い。秋にスモルト化するサケ科魚類はめずらしく、分布南限域の高い沿岸水温に対する適応であると考えられる。
- サクラマスの中には、0歳の稚魚のときに海へ移動し、ごく沿岸の浅瀬を利用する事例も知られる。それらの個体はスモルト化しておらず、再び川に移動して、時には生まれた川と異なる川から、スモルト化して本格的な回遊に入ると考えられる。
- サクラマスは夏にオホーツク海まで回遊し(回遊ルート)、ひと冬だけ海で越してから、川に遡上する。越冬場所は本州中部まで南下するものも多い。たとえば、富山湾で春先に標識放流されたサクラマスの成魚が、後に北海道の釧路沖で再び捕獲された記録もある。サクラマスの年齢査定はむずかしいため、過去にはサケのように海洋で何年も過ごすという考えもあったが、これまでの標識放流の調査では、海洋年齢が1年以外の個体はまだ知られていない。なお、ジャック Jack※と呼ばれる短期降海型は稀に出現するが、30~40 cmの小型のサクラマスでも標識放流の結果からは基本的に海で1年過ごした個体であることが多い。
- 回遊型(サクラマス・サツキマス)はサケと同じく一回繁殖であるが、残留型(ヤマメ・アマゴ)は産卵後も死亡することなく多回繁殖する。標識放流の調査から、野生のヤマメやアマゴは3年連続して繁殖を繰り返すこと、最大で5年にわたり繁殖に参加したと推測された。ただし、残留型も繁殖時の闘争は激しいため、繁殖に関わる死亡のコストは大きい。
- 河川間における遺伝的な違い(Fst)がサケやカラフトマスと比べて大きいことから、サクラマスは母川回帰能力が高いといわれているが、標識放流などで実際に母川選択率を種間で比較したデータはない。一方、河川生活期の自然選択圧が高いことによっても遺伝的な違いが生じるため、河川生活期の長いサクラマスほど川ごとの遺伝的分化が生じやすいと考えられる。近年、サクラマスは新たな川に侵入し、定着していることから、生まれた川とは違う川で産卵するサクラマスも相当数いると考えられる。
- サクラマスは、サケやカラフトマスなどと比べ、早く(春)から川に遡上し、滝や堰などの障害物をジャンプして乗り越える能力がとても高い。産卵までの数カ月間はほぼ絶食して過ごす。
※ ジャック(Jack)とは、サクラマス、ギンザケ、マスノスケなどのサケ属魚類において、数カ月しか海洋生活を過ごさずに遡上する短期降海型のこと。ジャックには雄が多く、雌の場合はジル(Jill)と呼ばれることもある。通常、残留型となった後に海に下って回遊型に変わることはないが、サクラマスでは残留型が降海してジャックとなることが知られている。
参考文献 References
Kuroki, M., T. Tamate and K. Morita. 2020. An additional life‐history tactic of masu salmon: Migration of parr to coastal habitats. Ecology of Freshwater Fish, 29: 495–501.
Morita, K. 2018. Ocean ecology of masu (cherry) Salmon. 1. masu salmon group, 2. general biology of masu salmon. Pages 697–702 in R. J. Beamish, editor. The ocean ecology of Pacific salmon and trout. American Fisheries Society, Bethesda, MD.
Morita, K., J. Tsuboi, G. Sahashi, T. Kikko, D. Ishizaki, D. Kishi, S. Endo and Y. Koseki. 2018. Iteroparity of stream resident masu salmon Oncorhynchus masou. Journal of Fish Biology, 93: 750–754.
Morita K. and G. Sahashi. 2018. On the ocean age of masu salmon Oncorhynchus masou in a natural population, Shiretoko Peninsula, Japan. Journal of Ichthyology, 58: 594–599.
Sahashi G., K. Morita and D. Kishi. 2018. Spatial expansion and increased population density of masu salmon parr independent of river restoration. Ichthyological Research, 65: 496–501.